お気楽に頑張ること☆
2008年 09月 02日
たまに、私の事を、「 すごく頑張っているんだね 」と、言ってくれる人に出会います。
私は、そういっていただける度に、嬉しい気持ちと、不思議な気持ちが混ざります
私自身は、なにも言うほど一生懸命頑張っている・・訳ではないし、至って普通に生きているだけなんだけどなあ・・って。
そもそも、頑張っているの言葉の意味の解釈はどうでしょう
「頑張っている=休むヒマもなく、熱心に無我夢中で取り組む」 みたいなイメージをつい想像します。
なので、私なんかは、お仕事もスケジュールがびっちり詰まっているわけでもなく、逆に最近は睡眠時間もしっかりとって、趣味に時間を費やし、お気楽に過ごしていて、この私のどこが頑張っているのだろう?と思うのです
周りを見渡せば、私なんかよりみ~んな、働き者でパワフルです。
昨日、いつもお世話になっている方に、久しぶりにお会いした時、やはり、あなたは本当に頑張っているね、と、言われました。
でも、今回その方のお話を聞いて、ようやくわかった気がします。
「頑張っているね。」
の意味が。
その方は、
「頑張っている、は、もしかすると、表現が少し違うかもしれないね。あなたは、命を真剣に生きているんだ。そしてそんな人生を楽んでいるんだね」
という風におっしゃっていました。
このブログでもお伝えしているように、私は病気で一時危ない状態から生還しているので、これからは、この命を無駄にしてはいけない、と強く心に誓っているので、きっと、その信念からかもし出すものが伝わって、それを言語化すると 「頑張っているね」 になるんですねきっと。
なんて勝手に解釈しました
う~~ん。
「頑張っている」 事の内訳を、より理解してくれて、私にわかりやすい言葉で思いを伝えてくれる方がいてくれて
嬉しかったです
そうそう、そうなの~~。って
私の孤独な心に寄り添ってくれた。
そんな気持ちにさせてもらい、嬉しかったと同時に、勉強になってしまいました。
因みに 「頑張っているね」 「まじめだね」 みたいな言葉は、あまり良い褒め言葉に感じない場合もあります。
うつ症状のある方には、おそらく伝えないほうが良いでしょうし、その言葉を発言した人は、どんな比較対象をイメージして伝えているのか、思いの差に開きがあるなあと感じます。
言われなくても誰もが皆、大なり小なり本当に頑張っているんですよね。
でも、あまり 「頑張る」 を、連呼すると窮屈な気持ちになる気がしませんか?
だから、「気楽にいこう~~」って表現した方が、気持ちにバランスとれるんですよね。
私は、自分の人生を模索しながらも、自分の力で切り開いて、現実を楽しみながら自分に正直に生きている人、好きですね
当たり前の事といえばそうなのですが、最近、なかなかそう出来ない人も多いようです。
自分の人生に漠然とした不安を抱き、霊能力者や、占い師、ヒーラーや、啓発セミナーなど、外側の存在に依存し、大金はたいて安心材料を探している人、たくさんいらっしゃると思います。
他人よがり、他人任せ、って、とても楽な感じがしますが、しっかりお金が動いている事を忘れてはなりません
簡単に言えば、どれもこれもビジネスです。
安易に自分の不安定なメンタルを、そして自分の将来を、他人様に委ねるのは危ない事です。
今後の参考に、人のお話を聞くのは良いですが、他者の一言で自分のココロが大きくぶれたり、左右されたりするのは、命の芯が細く弱っている証拠。そして依存している証拠。
自分の道は与えられるものではなく
自分で切り開いていくものです。
まずは、そこがベースなのです。
不安になる気持ちも、自信のない自分も、みーんなが同じように感じている思いです。
今の政治の世界が時代を象徴しているかのようですね。
いまや誰が首相になっても同じことの繰り返しなのではないかと、国の危機を感じます。
誰かに身を委ねていれば、何かにすがりついていればどうにかなるだろう、安心だ。
そんな保障はどこにもありません。
今、頼りになる存在は、他の誰でもない 「自分自身」 です。
目の前の石コロに足をとられて、つまづき、躊躇する事なんて、この先いくらでもあります。
つまづくぐらいどうって事ありません。
もっと視野を広げて向う先を明確にしていきましょう。
そして、内側に秘める自分の底力を発揮しましょう。
そのエネルギーを大きくして、自分だけのオリジナルな道を、真剣に切り開いていきましょう。
そこには強い意志と、自身の力を信じ抜く力と、明確に作り出したワクワクするような理想の未来に向って、楽しく前進するのです。
望むカタチを手に入れるまでは
そこは・・・・やっぱり頑張りましょうよ
共に、お気楽に・・・
たった一度の人生ですもの
生かしていただいてありがとう御座います
私は、そういっていただける度に、嬉しい気持ちと、不思議な気持ちが混ざります
私自身は、なにも言うほど一生懸命頑張っている・・訳ではないし、至って普通に生きているだけなんだけどなあ・・って。
そもそも、頑張っているの言葉の意味の解釈はどうでしょう
「頑張っている=休むヒマもなく、熱心に無我夢中で取り組む」 みたいなイメージをつい想像します。
なので、私なんかは、お仕事もスケジュールがびっちり詰まっているわけでもなく、逆に最近は睡眠時間もしっかりとって、趣味に時間を費やし、お気楽に過ごしていて、この私のどこが頑張っているのだろう?と思うのです
周りを見渡せば、私なんかよりみ~んな、働き者でパワフルです。
昨日、いつもお世話になっている方に、久しぶりにお会いした時、やはり、あなたは本当に頑張っているね、と、言われました。
でも、今回その方のお話を聞いて、ようやくわかった気がします。
「頑張っているね。」
の意味が。
その方は、
「頑張っている、は、もしかすると、表現が少し違うかもしれないね。あなたは、命を真剣に生きているんだ。そしてそんな人生を楽んでいるんだね」
という風におっしゃっていました。
このブログでもお伝えしているように、私は病気で一時危ない状態から生還しているので、これからは、この命を無駄にしてはいけない、と強く心に誓っているので、きっと、その信念からかもし出すものが伝わって、それを言語化すると 「頑張っているね」 になるんですねきっと。
なんて勝手に解釈しました
う~~ん。
「頑張っている」 事の内訳を、より理解してくれて、私にわかりやすい言葉で思いを伝えてくれる方がいてくれて
嬉しかったです
そうそう、そうなの~~。って
私の孤独な心に寄り添ってくれた。
そんな気持ちにさせてもらい、嬉しかったと同時に、勉強になってしまいました。
因みに 「頑張っているね」 「まじめだね」 みたいな言葉は、あまり良い褒め言葉に感じない場合もあります。
うつ症状のある方には、おそらく伝えないほうが良いでしょうし、その言葉を発言した人は、どんな比較対象をイメージして伝えているのか、思いの差に開きがあるなあと感じます。
言われなくても誰もが皆、大なり小なり本当に頑張っているんですよね。
でも、あまり 「頑張る」 を、連呼すると窮屈な気持ちになる気がしませんか?
だから、「気楽にいこう~~」って表現した方が、気持ちにバランスとれるんですよね。
私は、自分の人生を模索しながらも、自分の力で切り開いて、現実を楽しみながら自分に正直に生きている人、好きですね
当たり前の事といえばそうなのですが、最近、なかなかそう出来ない人も多いようです。
自分の人生に漠然とした不安を抱き、霊能力者や、占い師、ヒーラーや、啓発セミナーなど、外側の存在に依存し、大金はたいて安心材料を探している人、たくさんいらっしゃると思います。
他人よがり、他人任せ、って、とても楽な感じがしますが、しっかりお金が動いている事を忘れてはなりません
簡単に言えば、どれもこれもビジネスです。
安易に自分の不安定なメンタルを、そして自分の将来を、他人様に委ねるのは危ない事です。
今後の参考に、人のお話を聞くのは良いですが、他者の一言で自分のココロが大きくぶれたり、左右されたりするのは、命の芯が細く弱っている証拠。そして依存している証拠。
自分の道は与えられるものではなく
自分で切り開いていくものです。
まずは、そこがベースなのです。
不安になる気持ちも、自信のない自分も、みーんなが同じように感じている思いです。
今の政治の世界が時代を象徴しているかのようですね。
いまや誰が首相になっても同じことの繰り返しなのではないかと、国の危機を感じます。
誰かに身を委ねていれば、何かにすがりついていればどうにかなるだろう、安心だ。
そんな保障はどこにもありません。
今、頼りになる存在は、他の誰でもない 「自分自身」 です。
目の前の石コロに足をとられて、つまづき、躊躇する事なんて、この先いくらでもあります。
つまづくぐらいどうって事ありません。
もっと視野を広げて向う先を明確にしていきましょう。
そして、内側に秘める自分の底力を発揮しましょう。
そのエネルギーを大きくして、自分だけのオリジナルな道を、真剣に切り開いていきましょう。
そこには強い意志と、自身の力を信じ抜く力と、明確に作り出したワクワクするような理想の未来に向って、楽しく前進するのです。
望むカタチを手に入れるまでは
そこは・・・・やっぱり頑張りましょうよ
共に、お気楽に・・・
たった一度の人生ですもの
生かしていただいてありがとう御座います
by ortus34
| 2008-09-02 13:05
| 内在神