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Crystal Mind ブログ~ココロのカタチ~

orus34.exblog.jp

世の中の、あらゆる日常の、関わる人への思い、感動、気づきを、心理カウンセラーが綴るブログ。

カテゴリ:恋愛( 3 )

以前こんなブログをご紹介した事があります。


愛すると言う事


人を愛すると言う事は
エネルギーが要ります。



最初の頃は、愛の火がたやすく燃えても

それから先、

少しずつ、お互いの深い感情のひだに触れていくたびに、


様々な事を共に乗り越える力を
必要としていきます。



それが


愛や信頼を深めていくものとなっていきます。


人の愛はギブ&テイクだと
前回のブログでもご紹介しましたが


この仕組みを知る前に、

精神的に自立した大人として受け入れる器をまずは
確保する必要があると、感じています。



あとは、自分と言う人間をよく知ることに尽きると思います。


最近は、恋愛を怖がります。
進展を怖がります。


何故?


一言で言うと


自信がないから。
傷つくのが怖いから。



そんな男女が増えています。


そう考えながら、お付き合いを続けていると


逃げ道を作ろうとしたり
傷つかないように自分を偽ってみたり


そもそも望んではいなかった方向へ
自分で向って行ったりしています。


結局


そんな事を繰り返す事も
たくさんのエネルギーを使うはずですし
結局、傷つく事も一緒なのに。



男性もそうかもしれませんが主に
女性目線と言うか
女性のココロ視点で言うとこんな感じです。


どんなに


もうやめようとココロに決めても
なかなか別れられない時は


ほんのわずかでも


まだ愛が残っている証拠です。



頑張れるなら

愛を信じて

頑張ってみればいい。


ココロがそう叫んでいるなら
逃げずに真正面から愛する事を続けてみればいい。



別れるだなんだと言いながら
問題定義をしたりして喧嘩をしているうちは
まだ繋がっている証拠です。



本当の別れというのは




静寂の中に突然やってくる。





不思議なくらい

愛の終わりは、突然静かにやってくる。

どんなにこじれていても繋がっていた糸が

ぷっつり切れて


全ての景色が
変わってくる。


愛のエネルギーが切れたのです。


そんな時は


「あなたはよく頑張った。やれるだけの事はやった。」


そんな労いのココロの声が聞こえてくるはずです。




お疲れ様

と言われたかのように




一つの愛が成仏するのです。



「愛の戦士」 と言う歌があるけれど

愛の戦士たちへ。

逃げずに戦い抜いた自分へ勲章をあげましょう。


何でもいいから、自分にご褒美をあげましょう。


少しやつれた笑顔、戦いぬいた心と体をケアしてあげましょう。



それだけ、人と人とが深くココロ触れあい、愛を育む事は
大切なことであり、たくさんのエネルギーが必要なのだと思います。


外面や世間様への帳尻をあわせることはカンタンでも
お互いの、深き心のひだを分かり合うことは非常に難しいと感じ

また

一番尊い事なのだと



これからたくさんの人が勇気をもって、
一番尊い事を分かり合える良い恋愛を 

成就  

出来るといいなあと。



感じています。




~ココロとカラダのトータルケア~
☆Crystal Mind☆ 

ご予約・お問い合わせは
コチラ
info@crystalmind-sq.com

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by ortus34 | 2009-10-09 22:42 | 恋愛
あなたのこれまでの人生の中で、かけがえのない「出会い」というものを、経験された事がありますか?

この人が側にいて、一緒に過ごす時間がとても大切で、
こんな日がずっと続いたら、どんなに幸せだろう。
そう思えたら、こんな素敵な事はないでしょう。

愛する事によって、普段の日常生活の中では、体感できなかった感情がこみ上げてきます。恋焦がれて流す涙は、誰もが持っている純粋なハートが、震える時です。

私の友人は、恋をすると、普段読みもしなかったポエムを手にしたり、街で流れる音楽に切ない気持ちを抱いたり。自分の中の芸術の扉が開かれたように、右脳と左脳がフル稼働し始めると言っていました。

ある人は、ジェットコースターに乗っているようだと言い、ある人は、異常気象のようだと、例えたりしていました。

「同じ木の、同じ実のなる友ならば、別るることも、なかろうに。」

同じ根を持つ木の枝に、仲良く咲く花ならば、別れることなく散る時も一緒なのに、という切ない恋を唄にした、還暦を迎えた私の母は、当時二十三歳だったそうです。

「また一つ去っていく、恋にわずらい、辛くて苦しくて、淋し過ぎて、翼はあっても、明日へ飛べない私がいる」
と唄った唄もあったそうです。

今なら絶対そんなフレーズは、思い浮かばないわねと、笑いながら洗濯物を取り込んでいました。
いくつになっても、恋は恋、歳をとっても感じ続けていけないものなのかしら・・・なんてしみじみ思いました。

人は恋に出会い、恋に学び、恋に苦しみ、恋の別れを繰り返して、自分らしい人生の色に染めながら、また明日を生きているのでしょう。

母の若かりし時代というのは、携帯電話もなければ、パソコンもありません。
デートスポットもなければ、合コンもありません。

今より時代は豊かではなかったのかもしれませんが、とても純粋に人と出会い、愛する事が出来て、かつ、素敵な思い出として、記憶の片隅に刻まれている事が、逆に羨ましく思えました。

私の、カウンセリングにいらっしゃる恋愛に関する相談者の方は、過去に浮気をされたり、騙された経験のある方が、人を好きになれず、次の恋愛に臆病になっているというお話がが多いです。

また、異性に対して構えすぎてしまい、相手を信用できなかったり、逆にお互いに傷つけあう事が平気になっていたり、そもそも、人を愛すると言う事がどういうことなのか、わからないというお話もあります。

そうなると、恋愛の悩みというよりも、心の悩みになっていきますね。

インターネットやゲームの中で、バーチャル的な恋を楽しむ事が出来る時代になりました。
純粋にゲームを楽しむ感覚の方もいらっしゃると思いますが、本気で人を好きになると傷つくし、いろいろ面倒だという理由の方もいると聞きました。

出会い系のチャットや書き込みでも、恋した気分、友達になった気分になるそうですね。
複雑ですが、本当に、何でも便利な時代になってしまいましたね、

私の友人は、妹さんの結婚相手と同じお勤め先だそうですが、妹さんと離婚する事になってしまった時に、その旦那さんは、なんとチャットで、妹さんとの離婚の事を、書き込んでいたそうです。たまたま会社でそれを目にした友人は、さすがに、怒ったのですって。
すると、その旦那さんは、顔色を変えず、

「皆、一応友達だから・・」
といったそうです。

その友人の話を聞いた時は、ざわざわっとした感覚を覚えました。

今は、一度も会ったことがなくても、どこの誰なのか、名前も顔もわからなくても、友達って言うのですね。
○○トモ、という言葉がはやっていますが、本当に友達といえるんでしょうか?

というより、本当に、友情だったり、人を愛するという事の、基本的な心の軸がずれてきているような気がします。
モラルの低下という言葉をよく聞くようになりました。

物があふれて、便利な時代になってしまって、恋を邪魔する様々な誘惑が、私達をそうさせてしまったのでしょうか。

希薄で、惰性的で、友情や愛情と言えるのか、言えないのか、そんな関係でつながってしまっている人が増えているような気がします。

ニュースでも、ストーカーに、痴漢、恋人や夫婦間での殺人事件・・・
嫉妬、憎しみ、恨み・・・。どれも、歪んだ愛情の裏返しとなってしまった結果です。

こんな不安定な時代に、きっと、なるべくしてなり、私たちも、変わるべくして変わってしまったのかもしれません。

世の中の変化に応じて生きていくという事も、時には必要なのかもしれません。
でも、どんな時代が訪れようとも、私たちが本来持っている純粋な部分だけは、恐がらずに持ち続けていられたらと思います。

なぜなら、人が求める愛の形というのは、いつの時代でも一緒であり、それは、永遠のはずです

本当はこうありたい、本当はこんな風に恋がしたい、と、誰しもが思っているはずです。
当時二十三歳だった母のような、恋焦がれる切ない思いを、現代の二十三歳だって、同じように思えるはずですし、思いたいと思うのです。

どうしたら、傷つく事を恐れずに、純粋に人を好きになり、ただ、あなたが大切で、そう思える私は幸せですと、心から言える気持ちを取り戻す事が出来るでしょうか?

もう、出来ないのでしょうか?

何が人をそうさせてしまったのでしょうか。


そんな事を考えてみる今日この頃でした。


~ココロとカラダのトータルケア~
☆Crystal MIind☆ 

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by ortus34 | 2007-04-03 01:51 | 恋愛
とても大切な人がそばにいて、
永遠の幸せに向って、愛を育む事ができたら
こんな素敵な事はないでしょう。

愛を始めた頃は、愛の炎がたやすく燃え上がります。
始める事は簡単です。
肝心なのは

それをどう続けていくか

です。

愛する人との関係の中で、私達は、意識的にせよ、無意識にせよ
様々な事を自分の中に引き受けていきます。


例えば、両親との事を見つめなおし、子供のころにあった経験や
傷をも癒してくれるかもしれません。


人を愛する過程で、心の中に抑圧された、または捨てられた破片を
再び拾い集め、修復し、成長を可能なものにします。


2人の関係が変わっていく時、その変わり方自体が、
2人が受け入れる事の出来る変化の物差しとなります。


変化の仕方は、変化そのものが、望んでいる形になる。

物事は、起こるべくして起こり、私たち自身も、
変わるべくして変わっていきます



だから「愛」は常に過程です。


変化を受け入れる事。祝福する事


「愛」は、2人が、同じ「質」と「量」を与え合わなくてはなりません。


ところが、私達は、時折、自分が与えてもらう事ばかり考え、
相手に与える量を減らしたりします。


又、誰かを愛していると、特に何かしなくても、相手は当然自分の事を
わかっていると思いがち。

愛は、表現しなければ、絶対に伝わりません。


私達は、皆、心に傷を持って生きている。
子供の頃の悲惨な経験、人として尊厳を踏みにじられた経験、
劣等感、恐れ・・・


完全、完璧な人間などいないのだ、という事を良く覚えておくと、
相手の不完全さを受け入れる事が容易になります



もっと深いレベルでの、お互いの傷を知り、相手をいつくしみ、
相手との愛の育みに応える事が出来ます。



~一部参考書より~
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by ortus34 | 2007-02-23 01:55 | 恋愛